【横浜カルバリーチャペル】 天の窓
     
2018年7月22日

「 ザ・ルールブック 」

7/13の朝日「天声人語」にこんな記事が載っていた。「おれがルールブックだ」。1959年の大毎と西鉄の試合で、判定に納得のいかない西鉄の監督が「ルールブックを見せろ」と迫った。それに対し、審判だった二出川延明さんが発した言葉である。たまたま二出川さんの手元になく、見せようにも見せられなかったのが実情のようだ。「ポケットに入れてあるはずが、なかった。しまったと思ったが、とっさの言葉が出たんだ」。

今回のワールドカップでも取り入れられ、何かと話題となったビデオ判定。勿論、そんな便利なものがない時代のこと。絶対的で最終的な権威を審判がもっていたからこそ、試合をコントロールできたのであろう。似たような話を以前読んだことがあるのでご紹介。

昔、アフリカの奥地に向かったアメリカ人たち。現地の人を「道案内」に雇い、何日もかけて砂漠を越えて旅をした。しかし、行けども行けども、全く変わらない砂漠の中を、道なき道を進んで行くので、彼らは心配になって道案内に「一体、どこに道があるのか?本当にわかっているのか?」と尋ねた。すると、道案内は立ち止まって振り向き「私が道だ」と答えた。

キリストも「私が道であり、真理であり、命です」と言われた。時には、どこが道なのかわからないような人生の旅。たとえ、正しい道がわからなくても、「私があなたの道である」と言われるキリストをただ信じ、どこまでもついて行けばいいのです。でも、人生どこで何が起こるかわらないのですから、私達は、心のポケットに聖書なる命のルールブックをいつも入れておきましょう。イエス様こそ私達の唯一のザ・ルールブックであり、私の人生の主審です。さあ、暑いこの夏も、皆で御言葉に挑戦しましょう!